仕事解雇され早7年

今から思えば肩たたきされていたのかも知れない。
あれはもう8年も前のこと、経理課長だった私が、突然、新設する内部監査室の室長に異動を命じられた。
どうして二人しかいない経理の私が異動なのか、後任はどうするんだ?そんな思いはあった。
それよりも前に経理が属する管理部の部長としてNOVAの人が就任した。
経理処理の考え方がそこから180度変えられていった。

経理と言う部署は社内では余り好かれない。
その割に経費精算処理のことだとか、仮払いのことだとか無理は言われる。
営業からは利益を生まない部署の一つと思われている。
営業端の社長がそれを誰にも増して口にする。

通常通り期限内に仕事を処理して当たり前。
ルーチンの仕事だから翌年の達成目標だとかを設定する職能給制度でアピールすることも難しい。
作業を早めることは他の部署への資料提出期限を早めるしか方法がない。
それをすることでまた嫌われる。
利益が上げられない部署と陰口を叩かれ、仕事のための資料収集に下手に出なければ経理の仕事が遅れてしまう。
逆に経理の仕事を遅らすことは許されない。
マストなのだ。
例えば決算、例えば会議資料、これらは全て遅らせられない業務なのです。

このジレンマを抱えつつ、日夜経理は作業している。
そして、そんな中、異動を告げられる。
その直前に表彰された。
表彰されるのは別に嫌なことではないし嬉しいのだが、その席で来期からは新設する内部監査室室長にと紹介される。
変な感覚だった。

内部監査室なんて何をしたら良いのか解らないからである。
すると、内部監査室の仕事を知っているというグループ会社の先生からレクチャーを受けるように言われる。
レクチャーも受けたし、自分でもそのための勉強を始めた。
入門書を数冊求め、DVDなども購入した。
全て自腹である。

翌期になって別室に移り、終日一人でそれらを読み続ける日々が続いた。
昼になれば、ランチを取りに部屋を出て、定時にタイムレコーダーに差し込んで帰る日々が続く。
結局、内部監査室の仕事は、それぞれの部署の健全具合をチェックする部署である。
悪さ加減を確認して指摘する部署にただ一人、権限を与えられたようで、これは肩たたきなのでは?
頭を過った。

これが8年前の出来事。
今考えると私は今で言う「ブラック企業」に勤めていたのかも知れない。

実は私以外にいた管理部の中の総務も人事もみな徐々に異動させられていた。
私が居た会社はコールセンター事業をしていたので、そちらの部署に異動させられた人が主だった。

それから、約一か月が経過したのち、ある日元の部署・経理に再び呼ばれた。
過去の処理内容の説明を求められたのだ。
私の部下が困っていれば、それを解決に行かなきゃと思うのは人の情である。
それからさらに一か月後、終に直接解雇を言い渡される。

おそらく後から考えれば、私は試されていたのだ。
個室でねを上げて辞めるのではと。
しかし、私はしぶとく辞めるとは言わなかった。
それで、会社の方が痺れを切らしてこういう処分になったのだ。

そういう思いをして辞めさせられた私は暫く会社勤めに対して拒絶反応を示していた。
そう、最初はそうだったのだ。
その会社で過労の中、毎日残業仕事で終電の日々が続いたために、帰途の途中で転倒し前歯を砕く怪我もした。
母の面会に通う日々の中、期限内に仕事を終わらせる努力もしてきた。
自身の乾癬も悪化した。

母が亡くなった翌年に表彰後、解雇されるとは思いもしなかった私はここで心が壊れたのかも知れない。

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# by sumomojam39 | 2016-08-05 03:30 | 世間話

新たな治療方針の決定まで

2月の通院では今後の治療方針の相談を先ずしました。
痛みの原因を確認しつつ、現状の乾癬に関する治療を生物学的製剤も視野に入れることなどを。
実は乾癬治療の選択肢が増えていたのです。
飲薬にも種類があったり、別の手段として生物学的製剤と言う方法です。

尋常性乾癬は免疫異常で引き起こされる病です。
免疫が異常に反応してしまうことから、皮膚の新陳代謝が早くなるのです。
通常は下にある皮膚ができてから上の皮膚が剥けるところを、未だ下の皮膚ができる前に上の皮膚が剥け落ちてしまうのです。
だから刺激を与えると剥けやすくなっていますし、下の出来かけの皮膚は赤いのです。

皮膚の新陳代謝が早いと痒みもあります。
熱も発しています。

2月の東大附属病院の受診は乾癬皮膚科と乾癬性関節炎科とになりました。
乾癬皮膚科の方では生物学的製剤が使用できる健康状態かどうかを確認するための検査をするための相談をしました。

飲薬は腎臓・肝臓などの検査を定期的に伴います。
前回の血液検査で現状の腎臓が飲み薬に適さないことが解りました。

負担額の大きい治療法の生物学的製剤について、父に相談したところ、医療費の負担を援助してくれるとのことでした。

先生の話では、尋常性乾癬の患者さんの免疫異常は色々な症状に繋がりかねないということでした。
1)関節症状
2)メタボリック症候群
3)ブドウ膜炎
4)肝疾患
5)抑うつ
6)炎症性腸疾患
7)心血管疾患
など、これらは全て皮膚症状と同様、TNFαという蛋白質が関係しているらしいのです。
TNFαは免疫や炎症に関係するサイトカインの一種で、生態を抑制する上で大切な働きをしているそうですが、過剰に放出されると、サイトカインのバランスが崩れて病気を起こしてしまうのだそうです。

これまでの塗り薬で中々癒えないのは、手の届かない背中、余り薬を塗れない額、角質化してしまっている膝や踵、そして頭皮です。
夏場に薄着になると腕や足などの紅斑も気になります。
部屋の皮膚片の掃除の為、掃除機のごみパックは自室だけの使用でも1週間で一杯になります。
部屋の塵や埃の原因にもなっています。

生物学的製剤の治療対象の説明を見ますと、このように書かれています。
今までの治療で効果が得られなかった方で、皮疹が全身の10%以上にある方、難治性皮疹で悩んでいる方、関節痛や腫れなどの関節症状のある方が対象になりますと。

私じゃないか!と思いました。

ただしこの治療法が選択できない人もいるそうで、その検査をすることになりました。

乾癬性関節炎の先生に現状の症状を話しすることになった検査は関節エコー検査です。
手足の指や膝の周りなどをエコーで確認します。
所要時間は約20分くらいです。

3月にその検査結果の説明を受けました。
結論から言いますと、私の症状は若干乾癬性関節炎の疑いがありました。
続いて脊椎と腰椎のMRI検査を受けることになりました。
これは予約の都合で4月になりました。

簡単なアンケートを書いて、検査は耳栓をし、時間は約30分くらいでした。

5月に検査結果を聴きに行きました。
すると、疑われていた乾癬性関節炎ではないことが判明しました。
また、私の腰椎は通常の人より多い6本と判明しました。
腰痛になる人が多いとのことでしたが、私は今のところそういう傾向はありません。

続いて、その先生のお薦めで神経内科を受診することにしました。
神経内科は母の病の際にかかったことがありました。
受診は6月になりました。

平衡感覚のテストは母の時と同様にされました。
こちらでは頭部と頸部のMRI検査を受けることになりました。
検査は7月です。

また、6月の乾癬皮膚科の方では、血液、尿、心電図、胸部X線検査などを受けました。
さらに、6月の別の日に、ツベルクリン、CT検査を受けることになりました。

生物学的製剤を使用すると、免疫力を損なうので、余病があったら受けられないのです。
癌、結核、脱髄疾患などがないことが条件なのです。

7月に乾癬皮膚科の方の検査結果の報告を訊いてきました。
検査結果では、以前に脳梗塞になっていたことが解りました。
先生の話では、これも免疫以上で起きたかもしれないので、この治療を早く始めるべきだということでした。
検査結果としては生物学的製剤を受けることが可能であると結論が出ました。

あとは8月に神経内科を受診し、その週の週末に生物学的製剤の一つ、ヒュミラという薬を注射する方法を始めることになりました。
この注射投与は2週間ごとになります。
高額療養費制度を市役所に申し込んできました。
これを先に申し込むことで、月額上限までが自己負担で、それ以上の負担をせずに済みます。
毎年7月末までの期間なので、その更新手続きをする必要があります。

中々手続きや検査が長いでしょう。

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# by sumomojam39 | 2016-08-02 22:54 | 病関連

不治の病の衝撃

春夏秋冬、何度超えてきたか忘れてしまった頃、加齢の所為か、カラダに痛みを覚えたのは昨年の秋のことでした。
すでに五十路を過ぎたカラダ。年齢的な原因もあるかも知れないと思ってました。
症状は、時折、捻挫をしたかのような足首の激痛、膝の猛烈な痛み、全ては不定期にそして突然痛みが走るのです。
最初は痛風とかじゃないよなとか、リウマチってどんなんだろう?とか、不思議なのは突然痛みが嘘のように失せることでした。
さらに平衡感覚も可笑しくなってしまい、自宅の階段はもううしろ向きでないと降りられなくなりました。
それまで公園にポタリングしてきていたのですが、その公園への道のりに不安を覚えました。

なんか可笑しい。何だろう?
そう自覚してからネットでも検索したりしました。
もしかして感染性関節炎とかに病が進行してしまったのではないか?
とても不安でした。

すでに8月の通院は過ぎていたので、11月の通院時に相談することにしたのです。
先生に原因不明の激痛の話をしてみました。
担当医は乾癬皮膚科の先生でしたので、検査してみましょうと言われました。
その日は血液検査だけをして2月の予約を入れることにしました。
感染性関節炎の外来の予約です。

気持ちは半信半疑です。
原因が知りたい気持ちと、解っても治せないとしたらという不安感とです。

こういう考え方をするのには理由があります。
今から8年前に進行性核状性麻痺と言う病で母を送っています。

母は原因不明の眩暈とか平衡感覚の麻痺を伴い、2005年の5月初旬の検査入院で約半年かけて病が判明しました。
検査入院までにMRI検査だけで3回、セカンドオピニオンの病院でも受診しました。
結局、東大付属病院の神経内科で受診後、ゴールデンウィーク後に検査入院することになりました。

母の病の告知に立ち会った私は病名をきき、それがどういう病なのか知ったとき、愕然としました。
母は嗚咽しました。
知らなくって良いこともあるかもと思ったのは告知前の時の心境でした。
しかし、結果的には知らなくっちゃいけないことなんだと後から思ったのです。
特に本人は。

ある意味、尋常性乾癬だって睡眠時無呼吸症候群だって、一生付き合わなければならない病です。
でも、母のそれと大きく違うのは、進行性核状性麻痺の症状の進行です。
寝たきりになってしまう事や会話、食事などもできなくなるということです。

二人で歩く訓練もし続けてました。
でも半年もたたないうちに歩行困難になってしまいました。
会話は音の出るキーボードも試しましたが、イントネーションがダメなこと、父親が耳が遠いことで使用を断念しました。

会話は相手を思いやると伝わるものだということをこの時初めて知りました。

検査で病気を疑わしいと確認することはできても、その病の治療法がないという言葉がこれほど残酷なことだということを生まれて初めて知りました。自分の親のことでさえ、こういう気持ちになるわけですから、ましてや自分自身のことだったらという心境がたまに襲ってくるのです。

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# by sumomojam39 | 2016-08-02 01:05 | 病関連

新たな治療法を試みる

尋常性乾癬は意外にしつこい病です。
痒みが常に襲ってきますし、かけば皮膚片が周りに落ち、皮膚はすぐに赤く剥けてしまいます。
夏はできるだけ日焼けするようにしたこともありました。
しかし、日焼けし過ぎて皮膚を剥いてしまったら、逆効果になります。
冬は乾燥して余計に痒さが増します。
冬は保湿剤を薬と共に塗るようにしています。

月日が過ぎるごとに、皮膚の状態は徐々に悪化をたどりました。
3月に一回の通院時の医師との会話は飲み薬もありますが、肝臓や腎臓に影響を及ぼすので、通院機会が毎月になるという事、そしてそれらの臓器の確認のため、採血検査も定期的に実行することなどが説明されました。
通院頻度が増えたり、皮膚のために内臓疾患を伴う事には抵抗感がありました。
そうなると、塗り薬のままで良いかということになり、あとはステロイド剤の強さの調整になります。

ある日の通院時のこと、別の治療法の打診がありました。
それは皮膚に紫外線を照射するナローバンドという方法でした。
ただし、これには入院が条件でした。
照射するのは一日一回、皮膚が赤くなってしまったら、照射を中止します。
日中の一時外出は許されます。

勤務先に相談しこの治療法を試してみることにしました。
この時も3週間ほど入院しました。
その間、一度だけ外出し勤務先で作業をし、病院に戻ることもしてみました。

皮膚の状態はつるっとして少しの間は良好状態を保つことができました。
しかし、塗り薬を怠ると直ぐに状態は戻ってしまいます。
この治療法は、少しの間平穏な心地を体験できましたが、その効果が長続きしないことも確認できました。

幸い、ここまでの三度の入院時には加入していた生命保険の特約により入院日額の受給を受けたりすることができました。

こののち、加入していたスポーツクラブのタンニング(日焼け)マシーンを使うことも何度か試みました。
しかし、あいにくスポーツクラブは倒産してしまい、無くなってしまいました。

頭に塗るローションは、折角洗髪しても髪がべとつくような気がして余り塗らなくなってしまいました。
そして徐々に薬の在庫が増えるようになっていきました。
今では3年分くらいの在庫がたまっています。

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# by sumomojam39 | 2016-07-31 18:19 | 病関連

尋常性乾癬との付き合い

退院した私は塗り薬を塗る日々を続けていた。
それを怠ると見る見るうちに皮膚の状態は悪化してしまう。
全身を襲う痒み、そして、皮膚片が部屋中に撒き散らかされてしまう。

人々からは「何?!この人」というようなさすような視線を感じます。
そこにはうつったら嫌だなという気持ちさえ感じるのです。
だから知り合いに病名を告げる際が一番神経を使います。
だって、かんせんっていう耳触りで一番浮かぶ字は「感染」ですよね。
私が訊く側でもそう思います。
乾癬の字を説明して、原因は不明ですが、感染はしないことを告げるわけです。

そんな日々が数年経って、その間月に一回の通院。
目的は薬を貰いに行くようなものです。
そしてそんなある日先生に通院機会を減らすことをお願いしてみました。
会社を早退する回数を減らすためです。
方法は薬を多めに処方してもらいます。
通院機会はその方法で3月に一回となりました。
具体的には、2月、5月、8月、11月の年4回になりました。

実は私にはその後もう一つの病が判明します。
睡眠時無呼吸症候群という病です。
発覚したタイミングはあの2003年の鉄道運転手さんの事件よりも前でした。
高血圧の通院をしていた際に、医師にこの病気を教えていただき、検査入院しました。
当時東大病院の入院棟が新築されたてでした。

その前の入院時よりも綺麗な病棟で、しかも、検査の都合から個室でした。
そこで就寝時の脈拍とか呼吸数、脳波などのデータをとり診断すると同時に治療の設定を決めるのです。
治療はCPAP装置を使います。
鼻から空気を送り呼吸を促すのです。
この病の人は口から呼吸する特徴があります。
しかし、顎のない人は就寝時に呼吸が巧くできず、無呼吸になるのです。
そのCPAP装置の空気の強さの設定をするために検査したようなものです。

就寝時にこの装置をつけて寝るのはしんどそうに映るかも知れません。
けれど、病の人はそれがやがて苦も無く、むしろ快適な睡眠を得ることになります。
しかし、季節ごとに辛いこともあります。
一つは口内が渇くことです。
そしてもう一つはアレルギーの時です。
実は目も乾きます。
風が低い鼻の脇から漏れてきてしまうからです。

けれど、装置のサイズは年々バージョンアップされ小型化され、マスクの眉間にあたる部分もジェル的なものが貼り付けられてた時はそれが取れて接着剤が効かず困ったことも、形状が改善されなくなりました。
ただ、レンタル料を毎月払わねばならないという金銭負担はありますが。
月額負担は3割負担で4570円です。

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# by sumomojam39 | 2016-07-30 10:04 | 病関連