不治の病の衝撃

春夏秋冬、何度超えてきたか忘れてしまった頃、加齢の所為か、カラダに痛みを覚えたのは昨年の秋のことでした。
すでに五十路を過ぎたカラダ。年齢的な原因もあるかも知れないと思ってました。
症状は、時折、捻挫をしたかのような足首の激痛、膝の猛烈な痛み、全ては不定期にそして突然痛みが走るのです。
最初は痛風とかじゃないよなとか、リウマチってどんなんだろう?とか、不思議なのは突然痛みが嘘のように失せることでした。
さらに平衡感覚も可笑しくなってしまい、自宅の階段はもううしろ向きでないと降りられなくなりました。
それまで公園にポタリングしてきていたのですが、その公園への道のりに不安を覚えました。

なんか可笑しい。何だろう?
そう自覚してからネットでも検索したりしました。
もしかして感染性関節炎とかに病が進行してしまったのではないか?
とても不安でした。

すでに8月の通院は過ぎていたので、11月の通院時に相談することにしたのです。
先生に原因不明の激痛の話をしてみました。
担当医は乾癬皮膚科の先生でしたので、検査してみましょうと言われました。
その日は血液検査だけをして2月の予約を入れることにしました。
感染性関節炎の外来の予約です。

気持ちは半信半疑です。
原因が知りたい気持ちと、解っても治せないとしたらという不安感とです。

こういう考え方をするのには理由があります。
今から8年前に進行性核状性麻痺と言う病で母を送っています。

母は原因不明の眩暈とか平衡感覚の麻痺を伴い、2005年の5月初旬の検査入院で約半年かけて病が判明しました。
検査入院までにMRI検査だけで3回、セカンドオピニオンの病院でも受診しました。
結局、東大付属病院の神経内科で受診後、ゴールデンウィーク後に検査入院することになりました。

母の病の告知に立ち会った私は病名をきき、それがどういう病なのか知ったとき、愕然としました。
母は嗚咽しました。
知らなくって良いこともあるかもと思ったのは告知前の時の心境でした。
しかし、結果的には知らなくっちゃいけないことなんだと後から思ったのです。
特に本人は。

ある意味、尋常性乾癬だって睡眠時無呼吸症候群だって、一生付き合わなければならない病です。
でも、母のそれと大きく違うのは、進行性核状性麻痺の症状の進行です。
寝たきりになってしまう事や会話、食事などもできなくなるということです。

二人で歩く訓練もし続けてました。
でも半年もたたないうちに歩行困難になってしまいました。
会話は音の出るキーボードも試しましたが、イントネーションがダメなこと、父親が耳が遠いことで使用を断念しました。

会話は相手を思いやると伝わるものだということをこの時初めて知りました。

検査で病気を疑わしいと確認することはできても、その病の治療法がないという言葉がこれほど残酷なことだということを生まれて初めて知りました。自分の親のことでさえ、こういう気持ちになるわけですから、ましてや自分自身のことだったらという心境がたまに襲ってくるのです。

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by sumomojam39 | 2016-08-02 01:05 | 病関連